File No.1:この仕事にやり甲斐がある?
・やり甲斐は仕事に付属していない
つまり、仕事の中にやり甲斐があるので無く、自分でどのようなやり甲斐を感じるかという事だろう。
やり甲斐って当たり前に使っているが、実はどういう意味か深く考えてみたことはない。
何か目標を達成させた時に感じる様なものとは違うのだろうか。
・自分の設定により決まるのか
目標をどこに置くかで達成感は違ってくるのではないだろうか?
低い目標を掲げ、短期間で目標に届くと「達成感」が生まれる。
そして、次の目標も低めに設定するとこの繰り返しでやる気も出てくるし、目標の決め方も次第にわかってくるような気がする。
もしも、高すぎる目標を掲げた場合、なかなかゴールが見えないので途中で断念し結果を出せずに終わる事もあるのではないだろうか。
・ 仕事の目標設定だが、高くても低くても問題が残る。
だからといって低すぎる目標では、何の努力もしないで終わるという事が起こるかもしれない。
努力をしてからこそ達成感があるのではないだろうか。
もし、達成感のようなものでやり甲斐が感じるのなら、単に目標を置けば良いだけの事なのか?
いや、今回考えているのはそのような事ではなくて、平凡な毎日の繰り返しにマンネリ化していて、達成感どころか「このままでいいのだろうか」と考えてしまう事が多い。
仕事にやり甲斐があるかどうかの前に、人生のやり甲斐?生き甲斐?を感じているかどうかという事が疑問になった。
(File No.2に続く)